2001年 東京支部会合 概要
◆2001年(H13)3月17日 第16回東京支部会合
<話題提供1> 桜の開花気温 |
大門禎広 会員(栃木県気象予報士会) |
1.はじめに 毎年気象庁から発表される桜の開花日は、関東から西の太平洋側では、ほぼ一斉に咲き始めるようなイメージで発表されています。一方、桜は1日の平均気温が10℃になると咲き始めると言われており、もしそうだとすると、上記の理由から関東から西の太平洋側では気温がほぼ同じということになってしまいますが、実際はそうなっていません。そこで、上記のロジックの矛盾について解き明かそうと思い、桜の開花気温について調べてみることにしました。 桜が開花するまでのステップは、おおよそ次のようなものだそうです。 花芽の形成(夏)--->休眠(秋〜冬)--->成長(春)--->開花 ▲ 一定期間の低温により 休眠打破 現在、気象庁では予測式により桜の開花予想を発表していますが、休眠打破の状況を開花予想に反映するため、チルユニット法によって補正するそうです。また、東北地方や北海道など寒い地方では、この補正をしなくても、あまり誤差は出ないそうですが、暖かい地方ほど休眠打破が十分に行われないため、開花予想に誤差が出るそうです。そこで、前記の「桜が開花するまでのステップ」の中で、「一定期間の低温により休眠打破」とある部分の「休眠打破が十分に行われる気温っていったい何℃なんだろう?」ということも疑問でした。 (注)ここでの調査は、ソメイヨシノを桜の開花予想の標準木としている気象官署のデータを使っています。 2.最寒日の気温と平年の桜の開花日の気温との関係について まず、最寒日とは日平均気温が一年で一番低い日のことです。日平均気温の平年値を使って、最寒日の気温と平年の桜の開花日の気温との関係について調べてみたところ、最寒日の気温が3℃付近及びそれを下回る地点での桜の開花気温は10℃前後(平均 9.8℃)で、ほぼ一定していました。 しかし、最寒日の気温が3℃を超えた地点については、桜の開花気温が最寒日の気温に比例して高くなる傾向が認められました。 そこで、最寒日の気温が3℃以上の地点だけで一次回帰式を求めた結果 y = 0.6775 x + 7.6913 x:最寒日の気温 y:桜の開花日の気温 が得られました。 3.1998年から2001年までの4年間について 今年を含めた最近4年間の気温と桜の開花日のデータを使って、年別に調べてみたところ、前項の結果と同じような、最寒日の気温が3℃付近を境に違いがあるような結果が得られました。なお、気温データは日々の日平均気温そのままではなく、21日移動平均したものから最寒日の気温と桜の開花日の気温を求めています。 (注)気温の日々変動を平滑化するため移動平均をしましたが、いろいろと試めした結果、21日移動平均が 最も平年値で調査した結果に近い答えが得られました。 ちなみに、最寒日の気温3℃未満の日に対する桜の開花日気温の4年間の平均は10.1℃で、最寒日の気温が3℃以上の場合の一次回帰式は、 y = 0.8114 x + 7.432 x:最寒日の気温 y:桜の開花日の気温 となりました。 4.まとめ 最寒日の気温が3℃以上の地点では、それが1℃上昇する毎に桜の開花気温がおおよそ 0.7℃前後上昇するようである。また、最寒日の気温が3℃未満の地点では、桜の開花気温は10℃前後である。 一次回帰式を求めた際のバラツキ誤差の要因としては、各年では実際の桜の開花日が暑い日であったり、花冷えであったりすることが考えられる他、標準木の樹齢やアメダス観測点と標準木の場所の違いも誤差の要因と思われます。 今回調べてみて「最寒日の気温3℃」という目安が得られましたので、初期の目的は達成できたと思っています。桜関連のホームページでいろいろと調べてみますと、桜の開花は気温が一番重要だそうです。今回は日平均気温を対象としてまとめてみましたが、日平均気温よりも最高気温や最低気温の方が、桜の開花に影響が強いかもしれませんので、この点を今後の課題にしたいと思います。 |
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<話題提供2> 日本海に発生するポーラーロウ |
柳瀬 亘さん(東京大学海洋研究所) |
柳瀬さんには「日本海に発生するポーラーロウ」と題して、これまでに発表されているポーラーロウに関する研究報告などを基に、それに関する基本的な事項、知見等を整理したものをお話して頂きました。 1.イントロダクション まず初めに日本海に発生したポーラーロウの事例として、1997年1月22日午前3時(日本時間)の地上天気図(ASAS)では、日本海に小さな低気圧が解析され、同時刻の気象衛星雲画像(IR画像)では、スパイラル型の雲が映し出され、これがポーラーロウであると説明がありました。 以下、ポーラーロウの定義、その発生場所、その水平スケール等と説明が続き、ポーラーロウの基本的な事項について確認しました。 *ポーラーロウの定義 その定義は研究報告によって未だまちまちですが、おおよそ次のように集約できそうです。今回の話も、ここで定義したもので進めます。 ●発生領域 温帯低気圧より高緯度である寒気内。海洋上が多い ●水平スケール 200〜1000km。温帯低気圧や熱帯低気圧より小さい ●衛星画像で見られる雲の形状 コンマ型か、スパイラル型 ●社会的影響 日本海側地域の里雪型の豪雪の一因になる。波浪によるソ連船の海難事故。強風による山陰本線餘部鉄橋 での列車転落事故(1989.12.28) 2.ポーラーロウとは? もう少し具体的にポーラーロウについて概観してみます。 (1)発生領域 北半球:太平洋、日本海、ベーリング海、アラスカ湾、大西洋、北海、ノルウェー海、バレンツ海、 ラブラドル湾、ハドソン湾、*地中海での報告事例あり。 南半球:南極大陸の周辺海域 (2)季節分布 アラスカ湾の事例報告によりますと、11月〜2月に発生数が多く、寒気の強い冬季に発生することが解 ります。また、ノルウェー海の事例によりますと、ポーラーロウは海氷域の縁で発生し、暖かい海洋上 で発達し、上陸して消滅することが多い。 (3)分類 ここでは Businger&Reed(1989)の分類方法を紹介します。 ●短波長トラフ型 コンマ型の形状。温帯低気圧の後面に形成 ●極前線型 スパイラル型の雲の列。海洋と陸地の間の温度勾配の中に形成 ●寒冷低気圧型 台風のような軸対称の形 実際には、上記の特徴を併せ持つ複合型も多く発生しています。 (4)発生・発達メカニズム ●傾圧不安定 温帯低気圧で指摘されるメカニズム ●上層擾乱の影響 寒冷渦や上層トラフなど 上層擾乱による引き伸ばし効果 ●CISK(第2種条件付不安定=Conditional Instability of the Second Kind) 熱帯低気圧で指摘される積雲対流との相互作用 ●WISHE(大気と海洋の相互作用=Wind Induced Surface Heat Exchange) 海面からの熱供給との相互作用 実際にはこれら複数のメカニズムが事例毎、発達段階毎に寄与を変えて作用しています。 3.日本海ポーラーロウ 日本海に発生するポーラーロウは、その発生場所が他の地域に比べ緯度が低いことで、気象衛星に明瞭に補足されやすいことや、日本海という内海であるため、陸地へ接近して来たときに気象観測網に引っ掛かりやすいということで、ポーラーロウを研究する上で好都合な存在になっています。 実際に日本周辺での発生状況を見てみますと、二宮(1989)の調査報告では、太平洋北西部と日本海に発生していることが解ります。また、温帯低気圧との位置関係で見ますと、ポーラーロウは温帯低気圧の西〜北西側に位置し、寒冷渦の南東側に位置しています。 さらに、ポーラーロウが多発する時季の一般場を見ると、 ●層厚(500hPa-1000hPa);日本海へ寒気が張り出す ●500hPa高度;日本海上層はトラフになっている 一方、ポーラーロウより小さい擾乱(水平スケールで20〜200km)の発生も確認されており、その発生場所としては朝鮮半島の東方海上、北海道の西方海上の2ヶ所に、その発生しやすい場所があります。 その理由としては、 ●朝鮮半島の東方海上;朝鮮半島の白頭山を廻る風が収束する。 ●北海道の西方海上;大陸及び北海道からの風が収束。 などが考えられ、この2ヶ所ではポーラーロウも発生しているようです。 前に述べたポーラーロウの定義にこれらを当てはめてみますと、分類では複合型が多いと思われます。また、発生・発達メカニズムでは、複数のメカニズムが働いていて、周囲の地形が影響している可能性も大きいと考えられます。 4.ポーラーロウの数値シミュレーション事例 ここではイントロダクションで取り上げられた事例について、数値シミュレーションを行った結果を見せて頂きましたが、その対比事例として見せて頂いたIR画像の動画を見ているような錯覚を覚えるほどのものでした。なお、錯覚を覚えた雲は、液体の水と固体の水(いずれも計算される)を鉛直方向に積分した結果を仮想的な雲として表現したものです。 ここで柳瀬さんは、ポーラーロウの数値シミュレーションの意義について、次のように述べています。 *数値シミュレーションの意義: 水平スケールが小さく、また寿命も短い現象であるため、観測だけでは捉え難い。これらのハンデキャップを補い、ポーラーロウの構造実態が見えてくる。 数値シミュレーションを行うことによってポーラーロウの実態、構造、発達システムなどが解明できるわけですが、次にその解明結果のひとつの報告事例を紹介して頂きました。 ●下層の構造 気圧中心、スパイラルバンドに強い渦度がある。寒気の吹き出しに伴う北風と、低気圧西側の北風との 重ね合わせで中心の西側で風が強くなる。下層の温位で見ると、東側で暖かく、西側で冷たい。 ●中層の構造 ●中心を通る東西鉛直断面 温度鉛直分布 5km 背が低い 下層近くが最も強い 中心のやや東に暖気核、下降域、下降流に伴う断熱昇温による ●等相当温位面 北西側で上昇〜雲域を形成 南東側で下降〜目や雲の無い領域 ●感度実験から 海面からの熱供給と凝結熱が重要。これらの効果を除いて計算するとポーラーロウの発達が弱まる。 5.質疑応答 Q:ポーラーロウの発生場所の説明で、地中海での発生事例が報告されているとのことでしたが? A:発生は冬季で、やはり寒気内でした。 Q:何故、柳瀬さん(東京大学海洋研究所)は、ここ海洋研でポーラーロウを研究されているのですか? (あまり海洋とは関係が無いような研究ではないかと思うんですけどねえ。) A:何故でしょうねえ(苦笑い)。ポーラーロウも大気海洋相互作用が働いていますから、全く関係ないとは 言えませんけどねえ。もっとも、私の研究室には竜巻を研究している人もいますから、こちらの方が…! Q:水平スケール 20〜200kmの現象はポーラーロウとは違うのですか?。 A:小さなスケールでは、順圧不安定のメカニズムが働いている可能性があります。ただ、このスケールの現 象がポーラーロウ発生のトリガーとなっている可能性があります。 Q:今日見せて頂いた数値シミュレーション結果の計算モデルは何か?。 A:気象研究所/数値予報課非静力学モデル(MRI/NPD-NHM)を使いました。気象庁の現業モデル RSMを初期 条件、境界条件にして非静力学モデルを走らせました。 6.参考文献 会合後に柳瀬さんからポーラーロウに関する参考文献を幾つか紹介して頂きました。なお、日本語文献はまだまだ少なく、柳瀬さんご本人もほとんど英文のジャーナルで勉強されたそうです。 ●小倉義光,2000:総観気象学入門 東京大学出版会……新しさと詳しさの面でお勧めです ●浅井冨雄,1996:ローカル気象学 東京大学出版会……日本海側の豪雪の話の所でポーラーロウを紹介 7章5節に出てくる中規模低気圧というのが、 ポーラーロウを指していると思われます |
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<話題提供3> 南関東の雷 |
大門禎広 会員(栃木県気象予報士会) |
1.はじめに 今回お話するものと同じ調査を栃木県内について行い、それを以前、第2回栃木県気象予報士会の会合で発表したことがあります。今回の調査方法もその調査報告と同じようにやりましたが、高層データについては館野と八丈島を使いました。また、調査は2000年7〜9月について行いました。 2.発生条件 南関東(東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県)のアメダス34ヶ所について、日降水量1ミリ以上、10ミリ以上等の条件を満たす地点が何ヶ所あったかで発生した雷の規模を大・中・小・無しの4つに分類し、それぞれのケースについて、館野と八丈島の850hPa、700hPa、500hPaの気温と湿数データを拾い出し、どのような条件のときに雷が発生して、雷の規模が大きくなるのかを調べてみました。 その結果、発生条件として以下の目安を得ました。 ●雷の発生は500hPa気温−6℃以下、700hPa以下の湿数が6℃以下が目安。 ●500hPaまで湿っていると規模が大きくなる。 ●湿数10℃以上の層があると発生しにくい。 ●距離的にも近い館野との関連が強い。 3.発生場所 東京電力(株)の雷レーダーの連続画面を収集し、雷雲と思われる雨域について、その発生場所、その移動経路について調べてみました。南関東についてみると、次のことが解りました。 ●秩父付近での発生が特に多い。 ●東京都心付近での発生はやや多い。 ●神奈川県での発生は少ない。 4.移動方向 雷雲の移動方向についてですが、第1回栃木県気象予報士会例会のとき、宇都宮大学の国分教授が、雷雲は上空の風が強いときは上空の風の方向へ、弱いときは川筋に沿って進み、雷雲の移動は700hPaの風向と一番良く合うとお話になりましたが、風が弱いときと強いときの境界は風速は幾らなのかという疑問と、700hPaの風に流されるというのは本当なのかという疑問になりましたので調べてみました。 その結果は以下のとおりでした。 ●700hPa〜500hPaの風向に近い。 ●850hPa〜500hPaの風が10〜15ノット以上になると風の方向に移動する。 ●上層の風向きによらず秩父付近で発生し、東南東に進む雷雲が多い。 栃木県内について同様の調査した結果は、国分教授が云われたことが当てはまっていましたが、南関東についてはあまり当てはまらないようです。 <質疑応答から> Q.発生場所の説明の中にありました「東京都心での発生が多い」という点は、最近都心で多発する集中豪雨 などもあって、注目されていることですね。 A.「東京都心付近に雷雲が進んでくると急に発達する。」ということは、説明しながらスライドを見ていて 自分でも「あれっ」こんなことがあったのかと思いました。雷雲経路の資料作りに没頭してしまって気づ きませんでした。 |
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<話題提供4> アメダスデータ表示ソフト鋭意制作中! |
渡辺保之 会員 |
会合の最後に、渡辺さんから表記のご報告(宣伝?)がありました。その内容は下記のとおりです。 ●気象庁月報CD-ROM収録の「アメダスデータ時別値」を用いて、アメダス観測点での各要素を、地図上に分布 図として抽出、表示するソフトです。 ●メソ気象の解析用に、学校教育用に、幅広くお使い頂けるようにフリーソフトとして開発中。 ●開発環境:Windows98SE+Visual Basic 5.0 ●必要なデータ:気象庁月報CD-ROM版 ※アメダス時別値データがバイナリ形式で収録されている平成12年12月分まで対応 ※収録データがCSV形式に切り替わった平成13年1月分以降についても、次期バージョ ンで対応予定 (気象庁監修・気象業務支援センター販売 2600円/1枚) (注)現在 「AMeMapのページ」 で配布中です |